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日記

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仙巌園(せんがんえん)(鹿児島旅行 №5)

さっむぅ~い 

っと 言いながらも コタツを最強にして 野村町の ホワイトファームの アイスを食べながら ブログ更新してます 


昨年の 九州新幹線を利用しての 鹿児島旅行  



仙巌園(せんがんえん)(鹿児島旅行 №4)から


ぐるっと園庭巡り 80分の 続きをって 思ったのは


旅行二日目に 桜島に渡航した折に


桜島は 剛さんの故郷なんだって  


2004年8月21日に故郷 鹿児島桜島で行われた 「桜島 ALL NIGHT CONCERT」。人口約4700人の桜島町に、全国から約75000人のファンが大集結した伝説のライブが、4枚組DVDで再び蘇る。


知ったのですが・・・

 
今朝 TVで 長淵剛さんが 「桜島の取材で 地元の方々がフェリーに乗っている間 することは 」という クイズを出していたのを 観たからです


答えは→フェリーでしか食べれない「うどん」を乗客が 15分の間に食べているシーンが映し出されてました 


 
鹿児島では やっぱり この「仙巌園」もですが 「桜島」ですね  




仙巌園
島津藩の財源を担うほど、多量の錫が採掘されていたようです.
その名残がこの「錫門」の屋根に葺いてある”錫の瓦”だそうです
正門であったが 27代に庭地拡大した跡は 注文になった。
かつては 投手と嫡男のみが 通る門だったとか・・・。



仙巌園
仙巖園にある八畳はある獅子乗大石灯籠






仙巌園
桜島を築山に、錦江湾を池に見立てた雄大な借景庭園



仙巌園
御 殿


豪雨に耐えられるような 瓦屋根の作りではないでしょうか  屋根が二段に重なっている隙間が狭く、水しぶきが立たないように、台風時に吹き込まないようになっているような 



仙巌園
 確か、ここから桜島を眺めながら 入浴し 御髪を整えたらしい。

仙巌園
 景色の邪魔になる雨樋を一箇所に収めるための戸袋が この写真の左端にあります。その雨戸を90度曲がる為の柱(竹のように細い)のが 曲がり角にせり出しています。


気のせいか 軒下が普通の家屋より 広いような気がします。


日差しや 雨のしぶきを 考慮したのではと 思うのですが・・・・

 

仙巌園
御殿の横にあるヤクタネゴヨウ「屋久・種子・五葉」五葉松 なんですけど


セレンは 観光タクシー会社の方も 御存じなかった木に刻み込まれてる十文字紋を発見しましたよ 


携帯で 撮影したのでよく見えませんが 上から二番目の支え棒の下に ○い のが見えませんか 


あの中に 十字が書かれていました 






仙巌園
 この 長い 超ロングな 廊下 これだけの横木継ぎ目がないとおかしいですよね  それが 目に見えて解るのがこの 場所なんです 


釘を使用しないで 継ぎ合わせた  ギザギザのあわせ目が左から二枚目の障子の上にあります。


左側の木の色若干薄いのです。   



仙巌園

奥行き感があって 素晴らしいです 



仙巌園
障子に映る日差しが 懐かしく 撮影しながら 岩壁に磨崖文字が彫られ「千尋巌」と刻まれ 白く輝いているのに 気がついた瞬間です 


仙巌園
「望嶽楼は、十九代島津光久の時代に琉球国王から贈られたと伝えられる建物で、藩主が琉球使節と面接する際に使用されたといわれています。異国情緒に富むこの建物の最も特徴ある部分は床で、中国清朝初期に阿房宮の床瓦を模造したと伝えられるセンがこ二百七十三枚敷きつめてあります。また“望嶽楼”の額は中国東晋時代の書道家王義之の書を彫ったとされています。」




仙巌園
ここから観る「千尋巌」1814年 (おお~ 岩いいよ~ ゴロ合わせいいね)27代 島津斉興が造らせたもので三文字の大きさは11メートル。


まるで 滝のように見えますよね 

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