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日記

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維新ふるさと館  (鹿児島旅行 №1)

ふと 昨年「天空の城ラピュタ」を 久しぶりに 年末に見た時から~ 年始に NHKで原子炉「ウラン」とか「地球の渚」を観て思ったこと


ラピュタでの地底に眠る輝く石=ウラン  

間違って使用するとどうなるだろうか 

ラピュタの城から観る 地球は 美しかったねぇ~「地球の渚」のように

正しい選択とは どういうのがろうか

シータ バズーのように・・・

なににしても 歴史というのは 意志と選択で 受け継がれていくのだろう

父、母の 想いが 世界をつなぐってことかもね。

子供は宝 



さて・・・

 




昨年10月の九州新幹線の続き


福山駅から 鹿児島中央駅へ 車内でゆっくり 駅弁を食べて(お酒も) 3時間で到着


鹿児島中央駅




17時半まで南国タクシー さんで 市内観光 3時間遊覧コース 開始


鹿児島中央駅







まずは歴史ロード“維新ふるさとの道”中にある 維新ふるさと館



歴史の階段・・・


歴史があるからこそ 今がある 


維新ふるさと館




「横浜の山手公園にある妙香寺には「歌圀 君が代由緒地」とあり、境内には「国歌君代発祥之地」の石碑と「日本吹奏楽発祥の地」の碑が建っています。

明治3年に薩摩藩洋楽伝習生が寄宿していており山手はイギリス軍駐留地であったためイギリス軍楽隊隊長のジョン・ウィリアム・フェントが教鞭をとり吹奏楽の指導をしていましたが、日本には儀礼用の国歌が無かったことからフェントは「君が代」を作曲しました。

歌詞は薩摩琵琶歌“蓬莱山”または祝事歌から選んだとも諸説があるが、祝いごとの歌として古今和歌集から選んだのが定説のようです。

日本最初の国歌はフェントが作曲し、明治3年9月に御前演奏がされたが、欧州風のコラール調で日本語になじず、歌詞はそのままに

明治13年に海軍軍楽教師であったフランツ・エッケルトが宮内庁式部職雅樂課の奥好義の旋律をもとに編曲したと伝えられています。


明治26年に公布された文部省告示 “祝日大祭日歌竝楽譜”によれば林廣守が作曲者となっています。」







維新ふるさと館

で・・・


ここでは聴くことが出来ますよ  


維新ふるさと館


西郷さんの実物大と衣装があって 側で 写真撮影が出来ました  




身長180cm、体重は約110kg・・・うぅ~~ん 見た目は息子に似ている 



維新ふるさと館



BIFでは 維新体感ホールになっており


「薩摩スチューデント、西へ」「維新への道」の映画を観る(トータル45分)と


あっという間に 1時間半は 経過してしまった 





向い側の 武家屋敷

武家屋敷


途中


坂本竜馬新婚の碑(1866年竜馬とおりょうは小松邸や霧島を訪れました。これが日本の新婚旅行のはじまりといわれています。)や



ザビエル滞鹿記念碑


ザビエル滞鹿記念碑


を 通過して 西郷さんへ 逢いに行きました 

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